ますだいっこうのあと@ベルリン

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リミニ・プロトコル「シチュエーション・ルーム」[ベルリン2014]

〈スタバで某[B誌]原稿を書いてる目の前で、一人用ソファに収まったビアンカップルがじゃれてる。片割れが茶色い柴っぽいワンちゃん連れで来たあと、クリスマスの帰省先から戻った相方が合流した模様。ワンちゃんの「お帰りなさい」じゃれつきの微笑ましさったらなかった。以上推測込みでー。さてさて原稿原稿〉。
リミニ・プロトコル『シチュエーション・ルーム Situation Rooms』@HAU2。トレーラー。題名はホワイトハウスにある危機管理室をも暗示しているけど、リミニのは複数形。戦争や武器などにまつわるさまざまな実在人物の語りや現場などを、iPad映像&音声で紹介しながら、それぞれの“シチュエーション”を再現した“ルーム”を歩き回りいわば追体験する作品。ただしその歩き回りは20人それぞれに細かにプログラミングされていて、各自は柄の先についたiPadからのビデオの指示で移動し、記憶ちょっと曖昧だけど例えばボールを穴に投げる・防弾コートを着せる・脱いで戻す・観客同士で握手するといったアクションも行なったりする。てなわけで少なくともドイツ語も英語も瞬時にすべてを解することはできない僕にとっては、まず非常に情報過多な時間でそれに消耗、さらにiPad映像には、そのセット現場を実在人物が歩いた、つまり指示された立ち位置からの視点で撮影された部分も多くて、なんというか3Dゲームのような感覚もあってそれはつまり個人的には映像酔いする状況で、1回どっちに進めばいいか分からなくて迷子になったりとか、うん、秀逸に作られたバーチャルリアリティとかインタラクティブとかですよね、ということは100%以上頷けるのだけど、ビデオの指示どおりに動かなければならないという強迫感がずっと続いて、テーマ的な部分までにはあんまり辿り着けなかった後味だった。これまでさまざまないわばドキュメタリー的な事象をテーマにし“演じる”のはあくまで実在人物であることにこだわってきた、その役割というかその身体というかが、例えば代理の可能性ある俳優を飛び越えて、観客自身に外注された感覚すら抱いた。それはいつまでも客席に安住できる観客ではありえないという見方からいえばすでに当然あり得ることなのだし、疑似追体験のおもしろさも狙ってのことだろうけれども、単純に今日の個人的身体感覚ではほぼ心身消耗だけで終わってしまった。砂敷きの射撃練習場、医療施設、作業場、ネットカフェ的なブース、兵器見本市の展示、アフリカの簡素な建物の一室、墓地、工場の簡素な食堂、窓からは見下ろす眺めまで見える重役室などはどれも精巧に再現されていて、もちょっと自分の時間で滞在したかったかな、な空間を縦横に言われた通り巡って、最終的にコンファレンスルームに全20人が集められ、言わば〆っぽい絵が演出されて終了という流れ。パンフレットのダイアグラムによれば20用意されたエピソードの半分を体験する仕組みになってて、それぞれなエピソードは単体でも充分興味深いのだけど、これは後でそのパンフで追っかけでもする他なさそうだ。東京でのメディア芸術祭や、テアタートレッフェンでは、その映像だけが公開されたんだろうな。